【絆】土屋利紀の肖像
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持ち馬のサクセスエナジーはそれを知ったかのように、二O一七年の十二月から三連勝した。馬の快走で、高嶋も復調した。サクセスフアイタlの名は、利紀の人生そのものを表していた。利紀は小さな町医者からグループを興し、成長させた。その道のりは戦いの連続だった。「死んだつもりで生きよ」これは利紀の人生訓の一つだ。まさに、決死の覚悟を持って、駆け抜けた人生だった。利紀と高嶋は大口高校の一九五三(昭和二十八)年の卒業生だ。「二八会」という同窓会組織がある。高嶋は約三十年前に、「二八会」の仲間と九州をドライブ旅行した。その流れの中で、仲間が言った。「土屋(利紀)が宮崎で医者をしている」「行ってみよう」利紀を含む宴の中で、二人は盛り上がった。第三章馬上編高嶋哲とスペイン旅行79

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