「土屋君はうまかった。確か、五番を打っていたかな」利紀は「運動は万能」と豪語している通り、久留米大学の野球部時代も中心選手だった。平野は同じ野球部というだけでなく、下宿も二、三軒隣だった。どちらもまかない付き。ある日、大家の都合で平野のまかないがなくなり、平野は朝晩、利紀の下宿のまかないを食べるようになった。「面倒見のいい男だった」平野は言う。平野が鼻の手術をした。入院のベッドがない。利紀の下宿が臨時の入院先になった。利紀は麻雀仲間を呼んだ。「麻雀の最中、鼻から血がぽたぽたと落ちたんです。土屋君は『手術後だから当たり前だ』と言っていました」なんとも当時の学生らしい、手厚い「看護」た。平野は北九州市で開業していたが、今から七、八年前、利紀に誘われて、慶明グループのおび中央病院で現役医師として働いている。これも利紀の面だっ第二章久留米大学医学部卒業記念写真(利紀、中央)立宏、編53
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