【絆】土屋利紀の肖像
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二両編成の蒸気機関車が山野線の栗野駅を午前七時すぎに発車した。その駅から鹿児島県立大口高校へ通学するために、土屋利紀や自演久美子など栗野中学校卒業組が乗り込んでいた。大口駅まで約四十分の汽車通学だ。山野線は栗野駅と熊本県水俣市を結ぶローカル線で、一九八八年に廃線になった。「大口駅まではトンネルがないので、石炭を燃やす煤が開けた窓から入ってこないので助かりました。四人掛けの椅子に六人座ったりして、楽しかったです」自演はこう回想する。車両には男子生徒、女子生徒がそれぞれにひとかたまりになり、若やいだ声が車両を満たしていた。この時代はまだ「男女七歳にして席を同じゅうせず」の古い道徳が残り、男女生徒がくったくなく話す光景はなかった。女子生徒はセーラー服、男子生徒は詰襟の学生服だ。利紀は坊主頭に学生帽をかぶり、左の脇に教科書を包んだ風呂敷を挟んで級友と話し込んでいた。帽子の記章は五つのペン先で「大」の字をあしらっていた。土屋利紀。この名前は栗野だけでなく、大口など近隣の市町村にも知れ渡っていた。ホームレスの予言第一章青雲編37

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