【絆】土屋利紀の肖像
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た」武道にも通じ、土屋眼科の庭には弓道場があり、辻も勇満から指導を受けた。「肘は地面と平行にしなければいけない」馬を飼ったのもこの頃だ。友人の家に預けていたことが勇満に知られ、このことは叱られた。「八千円で買ったが、二倍の値段で転売した」のちに利紀は少し自慢げに語っている。栗野は材木の集積場で、伐採を含めて運搬は馬の力だった。多くの家で飼われていた。馬のいる風景は日常だった。仲間の山下洋は言う。「子どもたちも裸馬に乗って、競争していた。私は落ちてケガしたこともあります」利紀が後年、馬と再会して乗馬を趣味にするのにはこうした体験があった。馬で駆ける少年。目の前には無限の可能性が広がっていた。36

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