それらの本を狙って、一メートルの石垣を超えて窓から忍び込んでいたのが、親友の辻徹哉だ。不法侵入ではない。了解済みだった。「土屋の部屋は私の図書館みたいなものでした」利紀の部屋は母屋につながる離れにあり、出入りしやすかった。辻の家から三百メートルと近かった。「土屋が読み終わった本をいつも借りて帰っていました」二人がとりわけ気に入っていたのが『三国志』だ。「『三国志』に登場する人物像が魅力的だと当時はよく話しました」『三国志』『太閤記』などは、いわば国盗り物語だ。『三国志』は中国の後漢末期から三国時代(一八O年頃から二八O年頃)にかけて群雄割拠していた時代の興亡史である。三国の一つ、萄を建国する劉備玄徳を中心に義兄弟の契りを結ぶ関羽、張飛、そして軍師の諸葛亮(孔明)を始め、多くの武将が登場する人物スペクタクルでもある。解放された戦後空間の中で、少年たちの想像力はどこまでも翼を広げた。利紀のその後の人生を考えれば、『三国志』の世界は単なる夢物語ではなかった。利紀はその後の人生の中で出会った人材を次々と登用、人生を巻き込みながらグループをダイナミックに拡大していった。少し大袈裟にはなるが、劉備は利紀、萄を宮崎に仮想することもできる。利紀は青白いインテリでもなかった。野球では俊敏さが要求されるサlド、ショートを守り、走では誰よりも早く、駆け抜けた。「中学時代の恩師から、お前は医者になるんだから体が丈夫でないと、と柔道や合気道を教えてくれ短距離三位石告金冒間三告と珊瑚章第35
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