水典子は別名を持った理由について少し聞いている。「会長(利紀)の娘さんの佳代先生(眼科医)は幼少期に大病をわずらい、そのとき改名したほうがいいと言われ、別名を付けたそうです。多恵子さんが別名で呼ばれたのを聞いたことはありませんが、佳代先生は身内の方からは今でもいたことがあったそうです」土屋利紀||土屋慶明。土屋多恵子||佐江子。土屋佳代||江里子。こういう別名だった。長男の広明は「よくわからないが」と前置きして言った。「名前を変えた理由は、占い師だったと思うが、相談したら字画が悪いからということでした」占いかどうかは別にしても、「慶明」という字そのものには的確な希望や願いを表している。「慶」には喜ぶ、めでたい、「明」には光が差して明るい、物事がよく見える、といった意味がある。眼科を出発点にした、納まりのいい法人名である。利紀は、中学生のときの模擬町長選挙でべき高齢化社会を予測するような発言をしている。土屋眼科から宮崎中央病院、そして社会福祉法人。地域の医療、介護、保健を一体化した「慶明会」の設立は利紀の理想だったともいえる。それに向かった動機は父、勇満との別れだった。『江里子ちゃん』と呼ばれています。会長が数年『慶明』名を使用して「高齢者の住みやすい町にする」との公約を掲げた。来たる第六章福祉編155
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